第23回「AERA」2015年9月14日号掲載格差や貧困のない社会に向けた
真の「平和」のための教育とは?

「子どもを守る」シリーズ23

ヨハン・ガルトゥングさんと佐々木久美子さんの対談

戦後70年という節目の年。世界中の子どもたちが安心・安全に暮らすために、大人は今、何をすればいいのか。平和研究の第一人者であり、世界200カ所以上で紛争調停を行ってきた「平和学の父」ヨハン・ガルトゥングさんと、学校で平和についての学習活動を進めている日本教職員組合青年部長の佐々木久美子さんにとりくみや実践についてお話を伺いました。

Interview

ヨハン・ガルトゥング

平和学の第一人者。1959年オスロ国際平和研究所を創殴し、平和研究を主導。87年「もう一つのノーベル賞Jといわれる「ライトライブリフツド賞」受賞。93年、国際NGO「卜ランセンドJ を創設。著書に『構造的暴力と平和』『平和への新思考』など。

佐々木久美子
(ささき くみこ)

日本教職員組合青年部長。2002年より岩手県内の小学校教員として勤める。11年岩手県教職員組合青年部常任委員、13年間いわい支部を経て、14年から現職。

ーー戦後70年を迎え、今、日本では「積極的平和」という言葉の解釈が問題となっています。

ガルトゥング今の日本政府が使っている「積極的平和主義」は、「平和学」でいう「積極的平和」とは全く異なる概念です(※1)
 「平和学」提唱の出発点は、戦争研究はいくらでもあるのに、なぜ平和研究はないのかという疑問でした。当時、この種の議論では、「いかに戦争を防ぐか」が最大のテーマでした。しかし、「平和」の反対は「戦争」ではありません。たとえ戦争がなくても、貧困や差別、人権侵害がはびこる社会は平和とは言えないからです。
 そこで、私は平和を「暴力の不在」と定義し、戦争や紛争を「直接的暴力」、貧困や差別などを生み出す社会構造を「構造的暴力」ととらえました。そして、直接的暴力のない状態を「消極的平和」、構造的暴力のない状態を「積極的平和」と定義しました(図表1)。平和学では、「平和」に絶対的な価値をおき、研究者は、貧困や差別なく、誰もが安心して暮らせる社会をめざして、研究と実践を続けています。

※1ガルトゥングさんの積極的平和は「Positive Peace」、日本政府の積極的平和主義は「Proactive Contribution to Peace」と訳される

平和学における消極的平和と積極的平和(図表1)
インタビューをもとに子ども応援便り編集室が作成

佐々木そういう観点からすると、日本の子どもの相対的貧困率が年々上昇していることが心配です。最新調査では6人に1人が貧困状態にあるとの報告が出ています(グラフ1)。 

日本の子どもの貧困率推移(グラフ1)
出典:厚生労働省 平成25年国民生活基礎調査の概況(貧困率の状況)

 経済格差の拡大が指摘される中、現場の教職員からは、「交通費が払えないので、校外学習には参加しない」、「野球がしたいけど、道具を買ったり、合宿に参加したりする費用がないので部活動はあきらめる」など、格差社会の影響が子どもに及んでいる話を聞くことが多くなりました。

ガルトゥングこの種の問題は、教育分野の課題にとどめず、社会・政治問題として捉え、社会全体でとりくむことが重要です。原因の一つには、経済システムをはじめ日本社会が米国化したことが挙げられると思います。現に、米国も子どもの貧困率が非常に高く、格差は大きな社会問題となっています(グラフ2)

各国の「子どもの貧困率」(2010年)(グラフ2)
出典:OECD Family Database

 こうした問題の解決には、最近の中国の動向が参考になるでしょう。中国は、ここ20年で国際貧困ライン(※2)を下回る人の割合を約9分の1に減らし、底上げを図りました。まさに「積極的平和」を受けたとりくみの成功事例といえます。
 その方法は、個人ではなく、共同体単位での底上げを支援することです。まず、貧しい地域共同体を特定し、そこに公的機関、民間企業、NGOなどからなる視察団を送ります。その後、技術提供や資金の貸し付けを通して、農業など生活のために必要な事業を行う協同組合のような組織の設立を支援します。
 協同組合が軌道に乗ると、生活に必要な収入を得られ、徐々に借金の返済もできるようになります。さらに数年後、返済が完了すれば、手元に多少の資金が残って余裕が生まれ、貧困層から脱しているでしょう。こうした事例を学校で教えることもできます。これも、「平和教育(ピース・エデュケーション)」になります。

※21日あたりの所得が1.25ドル。必要最低限の生活を維持できる所得水準に達していない絶対的貧困を図る指標として、世界銀行が設定。

成功事例や実践の中で学ぶピース・エデュケーション

佐々木日本教職員組合では、「世界中の子どもたちに教育を受ける機会を」と、さまざまなプロジェクトにとりくんできました。NPOと連携して、アフガニスタンの教育支援や、インドの児童労働撲滅プロジェクトなどにも積極的に参加しています。
 子どもたちにとっても、同世代の子どもが児童労働を強いられたり、少年兵になったりしている事実を知ることで貧困や紛争について考えるきっかけになっているようです。教職員自身が、世界の実情を知ることの大切さを実感しています。

ガルトゥング「積極的平和」の実現に教職員のみなさんが果たす役割は非常に大きいです。「平和教育」の基本は、日常生活の様々な対立や矛盾にどう対処するかを学ぶことです。
 ノルウェーでは、学校が抱える具体的な問題を取り上げ、対話する授業があります。例えば、いじめ、先生と子どもの関係、親子関係、保護者同士の問題にもとりくみます。

対話によって「なぜ」を明らかに身近な問題の解決からはじめよう

佐々木身近にある対立や衝突を解消することが、戦争や紛争のない社会づくりにもつながる、ということですね。

ガルトゥング子どもたち一人ひとりが相手に共感する力を持ち、お互いを尊重し、対話によって身近な問題を解決する経験を積んでいけば、地球規模の問題も解決できるようになります。どんな問題であれ、解決のために最も大事なことは対話すること。そして、「なぜか」を探ることです。時には思ってもみなかった答えが得られることもあります。
 ある小学校でのこと。5年生の男の子が、1年生の女の子に毎朝嫌がらせをしていました。先生が男の子に「どうしてそんなことをするの?」と問いかけると、男の子は3度目でようやく答えます。「学校が大嫌い。ぼくは手や体を動かすのが好きなのに、先生が一方的に話す授業ばかり」と。「なぜ先生ではなく女の子をいじめたの」と聞くと、「あの子を見た瞬間、あの子は学校が大好きだと分かったから」。
 先生が「なぜ?」と問い続けたことで、彼には自分の悩みを聞いてくれる人ができ、問題の本質が明らかになりました。その影響はすぐに表れました。理由を話した夜、男の子は自ら女の子の家に謝りに行きました。そして、その後、彼は平和を学ぶ授業で先生のアシスタントを務めることになったのです。 
 学校でのいじめの問題もテロリストの問題も、根本は共通しています。
 テロリストに「なぜ?」と問い、彼らの抱えている問題の本質を知れば、解決の糸口がつかめるはずです。

佐々木本質を理解し、共感した時の子どもや若者の行動力には目を見張るものがあります。紛争下にいる同世代の子どもたちの状況を知り、自ら募金活動をはじめた子どもたちもいます。そういう意味で、戦争体験の語り継ぎも大事だと思います。

ガルトゥング語り継ぎはとても大事ですが、子どもたちに考えさせるには工夫が必要です。例えば第二次世界大戦を題材にするならば、「どうしたらあの戦争を避けることができただろうか」と投げかけ、未来へとつなげる学習にするのです。子どもは大人が考えもしないビジョンを描いてくれるかもしれません。

佐々木戦後70年を節目に、若者を中心に自ら考えた様々な形で平和を表現し、日本から世界へ発信するとりくみが広がっています。私たち教職員も子ども一人ひとりが平和への考えを持って行動できるよう、サポートを続けていきます。

企画・構成「子ども応援便り」編集長 高比良美穂